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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)208号 判決 1996年3月14日

広島県広島市安芸区中野4丁目10-14

原告

藤原正武

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

高橋邦彦

森川元嗣

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第16675号事件について平成7年6月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年6月1日、名称を「浮ドック」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第86274号)をしたが、平成3年6月10日拒絶査定を受けたので、同年8月18日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第16675事件として審理した結果、平成7年6月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年8月10日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

浮ドックの対水比重をやや重くしたものを水中に沈め、これの深さをロープ又は接続枝をもって上部補助浮力体と連結させて成る浮ドック。

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特開昭61-36093号公報(以下「引用例」という。)には、「フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くしたものを水中に沈め、これを連結部材をもって、浮子(16)と連結させて成る船舶用水上保管台」が記載されている。

引用例に記載されている「船舶用水上保管台」は、本願考案の「浮ドック」に相当し、また、引用例に記載されている「フロート(1)(2)及び積荷台(3)」及び「浮子(16)」は、各々本願考案の「浮ドック」及び「上部補助浮力体」に相当する。

(3)  そこで、本願考案と引用例に記載された考案とを対比すると、両者は、「浮ドックの対水比重をやや重くしたものを水中に沈め、これの深さを連結部材をもって上部補助浮力体と連結させて成る浮ドック」である点で一致し、浮ドックと上部補助浮力体とを連結している連結部材として、本願考案が「ロープ又は接続枝」を用いているのに対し、引用例のものでは、連結部材について特段説明がなされていない点で相違する。

(4)  上記相違点について検討する。

水面上に係留するブイ等の浮子を連結する連結手段に鎖やロープ等の索条を用いることが従来より周知の技術手段であるから、補助浮力体の連結手段として、当該周知の技術手段である索条による連結手段を適用し、本願考案のように「ロープ又は接続枝」で連結した構成とすることは、格別の困難もなく、きわめて容易に想到することができたものである。

(5)  したがって、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、「フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くしたものを水中に沈め」の部分は否認し、その余は認める。同(3)の一致点の認定のうち、「浮ドックの対水比重をやや重くしたものを水中に沈め」との部分は否認し、その余は認める。相違点の認定は認める。同(4)のうち、水面上に係留するブイ等の浮子を連結する連結手段に鎖やロープ等の索条を用いることが従来より周知の技術手段であることは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、引用例の記載内容を誤認して一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤った結果、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決は、引用例には「フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くしたものを水中に沈め」ということが記載されていると認定しているが、引用例の特許請求の範囲には上記の点について記載されていないし、また、引用例には、引用例記載の物の総重量が何トンであって、それを浮かべたときの対水比重が重いのか軽いのかといった重要な設計事項についても全く記載されていないから、上記認定は誤りである。

したがって、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定のうち、「浮ドックの対水比重をやや重くしたものを水中に沈め」との点でも一致しているとした審決の認定は誤りである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

本願考案は、浮ドックを一定水深に保つために上部補助浮力体を使用するものであり、そのために、「ロープ又は接続枝」で連結した構成とするものであるが、このような技術は周知のものではなかった。

したがって、相違点についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用例には、「空船で浮上状態の保管台の吸排水管(13a)、(13b)を水中に下し、ホース(8)、(9)を空気接続管(24a)、(24b)から抜き取ると、フロート(1)、(2)に浸水し、エアは排出されて浮子(16)の浮力が作用するまで一定量沈下する。」(甲第3号証3頁右上欄12行ないし16行)と記載されている。ところで、水中に物体が沈下するためには対水比重が1より大きくなければならないことから、引用例には、フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重を1より大きくして水中に沈めること、すなわち、フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くして水中に沈めることが記載されている。

したがって、一致点の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

引用例には、浮ドックと補助浮力体とを連結している連結部材について特段説明がなされていないが、水面上に係留するブイ等の浮子を連結する連結手段に鎖やロープ等の可撓性のある索条を用いることは従来より周知の技術手段であることから、水面上で浮遊する補助浮力体を連結する連結部材として可撓性のある索条は普通に用いられる部材であり、本願考案のように補助浮力体の連結手段として可撓性のある索条である「ロープまたは接続枝」を用いることに、何ら困難性はなく、きわめて容易に想到することができたものである。

したがって、相違点の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)、3(審決の理由の要点)、並びに、審決の理由の要点のうち、本願考案と引用例記載の考案との相違点の認定については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  引用例に「フロート(1)(2)及び積荷台(3)を連結部材をもって、浮子(16)と連結させて成る船舶用水上保管台」が記載されていること、引用例に記載されている「船舶用水上保管台」は本願考案の「浮ドック」に相当し、また、引用例に記載されている「フロート(1)(2)及び積荷台(3)」及び「浮子(16)」は、本願考案の「浮ドック」及び「上部補助浮力体」に各々相当することは、当事者間に争いがない。

<2>  引用例(甲第3号証)の特許請求の範囲第1項に記載されている発明は、「上面上に船体を載荷する載荷台と、同載荷台の長手方向両側に並設した一対の管状のフロートとからなり、各フロート内部を均等に区画して前後気密室を形成し、両気密室に吸排気導管と吸排水導管をそれぞれ分岐管を介して連通連結したことを特徴とする船舶用水上保管台。」というものであるが、引用例には、「空船で浮上状態の保管台の吸排水管(13a)、(13b)を水中に下し、ホース(8)、(9)を空気接続管(24a)、(24b)から抜き取ると、フロート(1)、(2)に浸水し、エアは排出されて浮子(16)の浮力が作用するまで一定量沈下する。」(甲第3号証3頁右上欄12行ないし16行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、引用例には、フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くして水中に沈めることが記載されているものと認められ、したがって、この点についての審決の認定に誤りはない。

<3>  原告は、引用例の特許請求の範囲に上記の点が記載されていないことや、引用例に具体的な設計事項が記載されていないことを理由として、審決の上記認定の誤りを主張する。

しかし、出願に係る考案の進歩性を判断する前提として対比の対象となる「実用新案登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された考案」(実用新案法3条1項3号)における「考案」とは、当該刊行物が特許公報・実用新案公報である場合についていえば、その特許請求の範囲・実用新案登録請求の範囲に記載されたものに限定されるわけではなく、詳細な説明や図面に記載されている事項も含むものである。また、引用例に「フロート(1)(2)及び積荷台(3)の対水比重をやや重くして水中に沈め」ることが記載されていることは上記のとおりであって、具体的な設計事項が記載されていることまでが必要とされないことは明らかである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

<4>  以上のとおりであるから、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  水面上に係留するブイ等の浮子を連結する連結手段に鎖やロープ等の索条を用いることが従来より周知の技術手段であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、水面上に浮遊し、浮ドックを一定の水深に保つために用いられる補助浮力体を連結する連結部材として、本願考案のように可撓性のある索条である「ロープ又は接続枝」を用いることは、きわめて容易に想到することができたものと認められる。

<2>  したがって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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